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日々の泡沫

2008年 07月 16日 ( 1 )

幼年


幼年


ぼくのかなしくふくらんでゆくかわいたヒヤシンス
の球根が風にむかってひらかれてねむたい午後が真
冬のさむい紅色のなかでくらやみに溶けこみかけて
いるのだろう、もう覚えていないそんなとある夕暮
またべつの夕暮またいつの夕暮ぼくのかなしくふく
らんでゆくかわいたヒヤシンスの球根のなかでぼく
はくつがえりうらがえってからだを丸めするどい刃
の鈍色の一閃をゆめみながら二組の不幸な双子や魚
や欠けた水甕の物語を読んでいるのだろう、うしな
われた名がことばの辺境にどこまでもただよいつづ
けてかたよった信じられないほどの響きの不在をこ
だまさせるぼくたちのあなたたちのにおいやかに傷
つき甘美に裂けた物語につつまれてぼくのかわいた
ヒヤシンスの球根はかなしくふくらんでゆくのだろ
う、目をあげると葉の落ちた枝がざわざわゆれて月
がのぼりぼくがひたっている浴槽の水のなかをふき
すぎる重い風が豊かにたわんだやさしい空虚のかお
りを運んでくるのだろう、夜のなかにもうなだれお
ちかけているぬるい呼気をてのひらにすくいあげて
その飴色ののこりかすを体中にそそぎかけているう
ちにぼくのかなしくふくらんでゆくかわいたヒヤシンス
の球根がやがてうっすらいろづいてもぼくの瞳
と舌はいつまでも透きとおったままなのだろう


                        - 松浦寿輝詩集より -



昨年、そこらの本屋さんではなかなか見つけられず
Amazonで見つけて狂喜乱舞したにもかかわらず
まだ読み始めて数週間という時期に酔いちくれて
タクシーに置き忘れてしまい行方不明になって以来
触れたくて触れたくて触れたくてたまらなくて
やっとまたAmazonで取り寄せて念願叶い
やはり、いい、と心から満たされやはり、好き、と思う
今宵月の夜
by hibinoutakata | 2008-07-16 22:57 | 詩撰集